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伊豆ひとり旅

最誓寺 伊東家墓地と北条義時・八重姫のゆかりの地


東伊豆の伊東を治めた伊東家

曽我物語の曽我兄弟の仇討ちも伊東家のお家騒動の話です

この伊東の一族の墓があるのが最誓寺です

そして開基と伝わる由緒の話がとても興味深いお寺です

最誓寺 音無の森 音無神社のすぐ近くです

最誓寺は音無神社の隣にあります

最誓寺
最誓寺

若いころの源頼朝と八重姫が逢瀬を重ねた地との伝承が残る伊東の音無神社

その音無神社の国道135線側の参道の石柱のすぐ近く

国道135号線沿い、となりにある最誓寺です

音無神社から見える墓地はこの最誓寺の墓地です

最誓寺
最誓寺

最誓寺 縁起 北条義時と八重姫 ゆかりの寺

最誓寺
最誓寺

北条義時と八重姫の立願により開基した最誓寺(西成寺)

開創は鎌倉時代の初期

開基が北条氏二代の執権江間小四郎とその室八重姫の立願によると書かれています

北条氏二代執権といえば北条義時です

北条義時の室が八重姫

そして北条義時と八重姫が千鶴丸の菩提を弔うために創建したと書かれています

千鶴丸は源頼朝と八重姫との間に生まれた男子

頼朝の最初の子で、生きていれば源氏嫡流として将軍になる子だったかもしれない

八重姫の父親、平家の武将である伊東祐親にみつかり、千鶴丸は殺されてしまいました

最誓寺
最誓寺

伊東家墓碑由緒にも八重姫が北条氏家臣江間小四郎に嫁ぎしよりとされています

最誓寺 伊東家墓地
最誓寺 伊東家墓地

千鶴丸殺害後 八重姫が嫁いだ江間小四郎

千鶴丸の殺害後、伊東祐親は八重姫を江間の次郎に嫁がせたと伝わります

江間の次郎、小次郎、四郎、小四郎、伝承によって名前は微妙に変わっているようです

北条義時も江間を治めるようになってからは、江間小四郎、江間小次郎

ですが、この八重姫が嫁がされた江間の次郎は、北条義時が江間に入り江間小四郎(四郎)と呼ばれるようになる前に、江間を治めていた別人と考えられているようです

また八重姫については、伊豆の国市韮山に伝わる物語もあります

北条の本拠地近くにある眞珠院にある八重姫を供養するお堂

眞珠院では、治承4年(1180年)7月16日、八重姫は源頼朝に会うために伊東から亀石峠を越えて、守山の北条の館まで来たけれども、すでに北条政子と結ばれていた源頼朝には合わせてもらえず、真珠ヶ淵に身を投げ亡くなったとされています

6人の侍女も後を追い自刃したとされています

伊豆韮山では、八重姫は源頼朝と離別させられた後も伊東に留まっていて、後に頼朝を追ってきたという伝承ですね

吾妻鏡の記述から、伊東祐親が千鶴丸を殺し、源頼朝を襲撃しようとしたのが1175年らしい

伊豆山の走り湯権現に逃げた後、北条時政を頼ります

北条政子と源頼朝の結婚は1178年

1179年には第一子の大姫誕生

八重姫の入水が1180年7月16日

頼朝の挙兵は1180年8月17日

もとの江間の次郎は伊東祐親とともに頼朝に敵対し、頼朝の挙兵後に北条義時が江間を与えられ、江間四郎と名乗るようになった

もとの江間次郎の子は、江間を治めるようになった北条義時が引き取って育てたとの話も伝わります

眞珠院の伝承との関係には触れていないのですが、大胆な仮説という前提のもと坂井孝一先生は北条義時八重姫結婚説を書いていました

北条義時が江間の次郎に嫁いでいた八重姫母子をまとめて引き取った形です

北条義時が江間次郎の子を引き取った話や最誓寺縁起とも符合するのですが、伊東に伝わる話と韮山に伝わる話、八重姫の物語はどちらだったのでしょう?

鎌倉殿の13人では、源頼朝と別れさせられた後の八重姫はどのように描かれるのでしょう?

八重姫悲恋の伝説 伊豆の国市郷土資料館

伊豆の国市の伊豆の国市郷土資料館(伊豆の国市中央図書館2階)では、2021年12月3日から2022年4月22日まで頼朝旗揚げ物語の企画展を行なっています

全期間展示として、八重姫の入水伝説と侍女6人の自刃伝説の物語が紹介されています

伊豆韮山に伝わるのは悲恋・悲劇の結末の物語

伊東に伝わるのは、悲恋・悲劇からの再起の物語



伊豆の国市立中央図書館 【Google Map】
【住所】 日本、〒410-2315 静岡県伊豆の国市田京167−7
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最誓寺 伊東家墓碑

最誓寺 伊東家墓地
最誓寺 伊東家墓地

最誓寺の門を入って、すぐ左側にある伊東家の墓地です

伊東祐親の墓地は、ここではなく別の場所、国道135号線の坂を登って行った、物見塚公園、伊東市役所のさら先になります

物見塚公園には今は大きな伊東市役所が立ち、館跡の碑、伊東祐親像もあります

最誓寺
最誓寺

最誓寺で出迎えてくれたかわいい小坊主さん

最誓寺
最誓寺


最誓寺 【Google Map】
【住所】 日本、〒414-0032 静岡県伊東市音無町2−3
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八重姫と源頼朝のゆかりの地 伊東と韮山

八重姫と源頼朝のゆかりの地 伊東

源頼朝が八重姫と会うために日暮れまで待っていたと伝わるひぐらしの森と、八重姫と源頼朝が逢瀬を重ねた音無の森は最誓寺のすぐ近く

源頼朝と八重姫が会っていたと伝わる音無の森は最誓寺のとなりです

伊東の最誓寺の縁起には二代執権北条義時とその室八重姫が立願したと書かれていました

八重姫は生きていて、北条義時と結婚したのでしょうか?

最誓寺は千鶴丸の供養のお寺

千鶴丸が沈められた伊東大川の上流の稚児ケ淵

伊東鎌田の火牟須比神社

頼朝八重姫の子、千鶴丸は富戸三島神社のご祭神です

八重姫と源頼朝のゆかりの地 伊豆 韮山

伊豆韮山にある眞珠院には、八重姫は真珠ヶ淵に身を投げ、侍女6人は自害した話が伝わります