伊豆ひとり旅

八重姫入水伝説の地 眞珠院 八重姫御堂 真珠が淵 伊豆韮山 守山


伊東の八重姫の入水伝説の地

伊豆の国市

市韮山の曹洞宗の禅寺 眞珠院です

眞珠院には八重姫を供養する八重姫御堂があります

八重姫は侍女6人と共に伊東の館を抜け出し、北条時政の館にいる源頼朝の元へとやってきたそうです

すでに北条政子と結ばれた源頼朝に会うことは叶わず、ここ真珠ヶ淵の流れに身を投げ、命を絶ったという悲しい結末です

八重姫入水伝説の地 眞珠院 伊豆 韮山

眞珠院 曹洞宗 禅宗のお寺 伊豆の国市韮山

眞珠院
眞珠院

伊豆の国市中條

守山の南側、韮山古川沿いにある眞珠院は曹洞宗のお寺です

伊豆韮山の守山といえば、鎌倉北条氏の本拠地

守山のまわりには鎌倉北条氏に関わる寺院や史跡が点在しています

眞珠院
眞珠院

曹洞宗 禅宗のお寺

開創は鎌倉時代、歴史のある禅寺です

眞珠院
眞珠院

八重姫入水と侍女6人自刃 眞珠院 真珠ヶ淵 伝承の地

ここ眞珠院に残る伝承が伊東の八重姫の入水伝承です

山門をくぐった右側すぐのところに八重姫を供養する八重姫御堂があります

眞珠院
眞珠院

伊東の八重姫は伊豆に流されていた源頼朝の最初の妻

源頼朝の最初の子、千鶴丸を産んだのは伊東の八重姫と伝わっています

千鶴丸は3歳のときに、八重姫の父親の伊東祐親に源氏嫡流の子であることを知られてしまい殺されていまいます

伊東祐親は、源頼朝と八重姫の仲を裂き、千鶴丸を稚児ケ淵へ沈め、さらに頼朝を襲撃することを計画しました

頼朝は伊東から伊豆山の走り湯権現に逃げ、その後に北条時政を頼った

吾妻鏡によると祐親の頼朝襲撃計画は1175年、源頼朝と北条政子の結婚は1178年と推測されるそう

伊東八重姫入水伝承では、八重姫は伊東の館から侍女6人とともに抜け出し、亀石峠を越え、頼朝のいる守山の北条時政の館まできたことになっています

時政邸までたどり着いたものの、すでに頼朝は政子と結婚しており会うことも叶わなかったとされています

伊東八重姫は真珠ヶ淵へと身を投げ命を絶ち、侍女6人も自刃してしまいます

守山の北西側が北条時政邸のあったところ、南側が真珠ヶ淵

すぐ近くです

韮山と亀石峠の間の山間には女塚という侍女の供養塔があります

治承四年七月十六日というのは1180年の頼朝挙兵の直前、一ヶ月ほど前のこと

源頼朝の伊豆配流時代のころの史料が少ないことと、創作も入るので史実は不明確だそうです

八重姫も眞珠院の入水伝承とは違い、頼朝と離別後すぐに北条のとなりの江間に嫁いだという伝承もありますし、伊東の最誓寺縁起には創建は北条義時と八重姫夫妻が千鶴丸の供養のために立願したことと書かれていました

伊東八重姫入水伝承
伊東八重姫入水伝承

眞珠院 真珠ヶ淵 行き方・アクセス 韮山 伊豆長岡

眞珠院は守山の南側、韮山古川沿いにあります

伊豆箱根鉄道駿豆線の韮山駅、伊豆長岡駅の間、少し伊豆長岡よりです

国道136号線から西へ500mほど入ったところ

12月27日は、韮山駅から蛭ヶ小島や山木、江間に行ってから北側から歩いてきました

守山周辺には北条氏の史跡がいくつもあるので史跡巡りの途中で寄るのがおすすめ

眞珠院のあとは、15分ほど歩いて伊豆長岡駅まで行きました

夕方になってしまい守山周辺を回りきれなかったので翌日の12月28日にも訪れました

最近始まったシェアサイクルを伊豆長岡駅で借りてます

八重姫を供養する八重姫御堂 静堂 眞珠院

眞珠院 八重姫御堂 静堂

八重姫御堂 静堂
八重姫御堂 静堂

眞珠院の山門をくぐるった右手にあるお堂が八重姫御堂です

元は眞珠院の少し北側にあった満願寺に建てられていらものがこちらに移されたそうです

八重姫御堂 静堂
八重姫御堂 静堂

伊豆の国市では北条義時のゆかりの地にはのぼり旗が立てられています

八重姫御堂(静堂)の由来です

堂内には八重姫の木像があります

八重姫御堂 静堂
八重姫御堂 静堂

眞珠院 八重姫御堂 静堂 梯子供養

八重姫御堂 はしご供養
八重姫御堂 はしご供養

梯子があれば、八重姫を救うことができたということが由来の梯子供養

お堂の中にも供えられていました

八重姫御堂 静堂
八重姫御堂 静堂

眞珠院 八重姫御堂 ナギの木

八重姫御堂 ナギの木
八重姫御堂 ナギの木

八重姫御堂に高くそびえるナギの木

なぎ、平和、穏やかを表しています

八重姫御堂 静堂
八重姫御堂 静堂

眞珠院 八重姫御堂 ナギの葉のお守り

八重姫御堂 ナギの葉のお守り
八重姫御堂 ナギの葉のお守り

八重姫御堂の中

とびらのすぐ近くにある缶の入れ物のなかにはナギの葉のお守りが入っています

ナギの葉は横に裂けないということで、愛のお守り、家族のお守り

記念、お守り、しおりとしてお持ちくださいと書いてありました

眞珠院 八重姫主従七女之碑

眞珠院 八重姫主従七女の碑
眞珠院 八重姫主従七女の碑

眞珠院 八重姫主従七女の碑は八重姫御堂の近く、左側の下にあります

八重姫と大仁田中山で自害した侍女を供養する碑です

山中にも女塚とういう史跡があります

眞珠院 境内

眞珠院 本堂

眞珠院
眞珠院

八重姫御堂から奥に入っていくと眞珠院の本堂

眞珠院 五輪塔 県下最古

眞珠院 五輪塔
眞珠院 五輪塔

本堂の先に進むと守山のふもとの墓地

県下最古とされる五輪塔があります

眞珠院 磨崖仏

眞珠院 磨崖仏
眞珠院 磨崖仏

墓地の上にある崖に彫られた磨崖仏

眞珠院 磨崖仏
眞珠院 磨崖仏

いつの時代の仏様なのでしょう

眞珠院 磨崖仏
眞珠院 磨崖仏

守山の韮山古川側は急な崖になっています

眞珠院 墓地
眞珠院 墓地

このあたりが真珠ヶ淵と呼ばれるところだったのでしょうか?

真珠ヶ淵 韮山古川 眞珠院 八重姫ゆかりの地

韮山古川
韮山古川

日が落ちて暗くなってきた韮山古川

眞珠院のすぐ横を流れています

真珠ヶ淵 眞珠院 墓地 守山のふもと

眞珠院 韮山古川
眞珠院 韮山古川

翌日、日中の韮山古川です

川の北側に見える山が守山、そして眞珠院の墓地です

眞珠院 墓地
眞珠院 墓地

このあたりに真珠ヶ淵があったのでしょうか?

守山の崖から川沿いに道が一本あって韮山古川が流れています

韮山古川
韮山古川

現在の狩野川は守山の西側に流れています

昔は東側を流れていて、蛭ヶ小島のような中洲が多かったと推測されているようです

韮山古川
韮山古川

韮山古川と狩野川の合流地点

眞珠院の裏側に歩いていくとすぐ狩野川です

守山の山のまわりをシェアサイクルで一周しました



眞珠院 【Google Map】
【住所】 日本、〒410-2121 静岡県伊豆の国市中條2
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眞珠院 頼朝政子語らいの路 満願寺跡

眞珠院前から頼朝政子語らいの路へ

眞珠院
眞珠院

眞珠院のすぐ前の道

頼朝・政子語らいの路という道があります

頼朝政子語らいの路
頼朝政子語らいの路

北条時政邸のあった北条の本拠地のあった守山周辺の住宅の中を通る路

頼朝政子語らいの路を歩いて北条の史跡巡りができます

頼朝政子語らいの路
頼朝政子語らいの路

離別を強いられた八重姫の供養堂、入水の地

すぐ近くを通る頼朝政子語らいの路

少し複雑な気分になります

満願寺跡 八重姫御堂 静堂

満願寺跡
満願寺跡

眞珠院から少し北側

頼朝政子語らいの路沿いにある空き地です

幼稚園があったそうですが、この場所がかつて八重姫御堂が建てられていた満願寺跡だそうです

満願寺跡
満願寺跡

守山の東南側にある空き地

すぐ近くに守山が見えています

守山
守山

八重姫悲恋の伝説 伊豆の国市郷土資料館

伊豆の国市の伊豆の国市郷土資料館(伊豆の国市中央図書館2階)では、2021年12月3日から2022年4月22日まで頼朝旗揚げ物語の企画展を行なっています

全期間展示として、八重姫の入水伝説と侍女6人の自刃伝説の物語が紹介されています

伊豆韮山に伝わるのは悲恋・悲劇の結末の物語

伊東に伝わるのは、悲恋・悲劇からの再起の物語



伊豆の国市立中央図書館 【Google Map】
【住所】 日本、〒410-2315 静岡県伊豆の国市田京167−7
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八重姫と源頼朝のゆかりの地 伊東・韮山

八重姫と源頼朝のゆかりの地 伊東

源頼朝が八重姫と会うために日暮れまで待っていたと伝わるひぐらしの森と、八重姫と源頼朝が逢瀬を重ねた音無の森は伊東温泉にあります

源頼朝は日が暮れるまでひぐらしの森で待ち、人目をはばかり音無の森で八重姫と会っていた

伊東の最誓寺の縁起には二代執権北条義時とその室八重姫が立願したと書かれていました

八重姫は生きていて、北条義時と結婚したのでしょうか?

源頼朝と八重姫の子、千鶴丸が沈められた伊東大川の上流の稚児ケ淵

伊東鎌田の火牟須比神社

千鶴丸は富戸三島神社のご祭神です

八重姫と源頼朝のゆかりの地 伊豆 韮山

八重姫御堂は守山の南側にあります

北条氏政邸は守山の北西にありました

北条義時のゆかりの地は江間

守山のとなりの地です