義経弁慶ゆかりの地

腰越状の満福寺 源義経の生涯を描いた襖絵

湘南江の島の歴史

源義経・武蔵坊弁慶のゆかりの地

鎌倉腰越の満福寺です

病気平癒のご利益と言われている満福寺です

源義経が鎌倉の源頼朝のもとへ行こうとしたときに、鎌倉に入る手前にある腰越の満福寺に留め置かれ逗留したまま会わせてもらえず、頼朝へ渡す腰越状を書いたといわれるお寺です

湘南・江ノ島散歩

義経 腰越状旧跡 満福寺の行き方 江ノ電腰越駅から

腰越状の満福寺へ 江ノ電 腰越駅から

満福寺へは江ノ電腰越駅で下車するのが近いです

満福寺
満福寺

江ノ電の線路の目の前すぐ近くに満福寺への階段があります

満福寺
満福寺

義経腰越状旧跡 満福寺の門 

江ノ電の線路をまたぎ、階段を上って門をくぐると正面が本堂です

義経の腰越状の旧跡として知られているお寺です

義経腰越状旧跡と門に書いてあります

満福寺
満福寺


満福寺 【Google Map】
【住所】 日本、〒248-0033 神奈川県鎌倉市腰越2丁目4−8 満福寺
電話番号・URL・Plus Code・施設情報・口コミなどはMapをクリック

義経 腰越状 源義経が満福寺で頼朝宛に書いた書状

満福寺で源義経が頼朝宛に書いた書状 腰越状

義経は、頼朝の意に反し、京都で朝廷の信任を受け、頼朝の怒りを買いました

鎌倉に入れてもらえず、腰越の満福寺に逗留し、頼朝にあてて腰越状を書いたものの、それでも鎌倉には入れてもらえなかったという歴史の残る旧跡満福寺です

満福寺
満福寺

義経と弁慶の石像があり、義経腰越状と刻まれています

義経弁慶ゆかりの地 満福寺 腰越状
義経弁慶ゆかりの地 満福寺 腰越状

義経の腰越状 拝観

拝観料は300円でした

玄関の天井です

鎌倉彫でしょうか

満福寺 天井
満福寺 天井

玄関から入って右手が襖絵がある本堂になるのですが、その前に玄関近くに腰越状が展示してあります

下にあるのが江戸時代に作られた版木です

満福寺 腰越状
満福寺 腰越状

干支の鎌倉彫なども飾ってありました

満福寺 鎌倉彫
満福寺 鎌倉彫

腰越 満福寺 義経の生涯を描いた襖絵

満福寺の本堂の襖絵 義経の生涯

本堂の中には、義経や弁慶、静御前などの描かれた襖絵がありますから、本堂左手の玄関から中に入ってください

満福寺
満福寺

満福寺 義経・弁慶・静御前を描いた襖絵

玄関入って右に上がるといくつか部屋があって襖絵があります

義経の生涯をあらわしている襖絵です

こちらは弁慶と義経が雪の中を行く絵でしょうね

満福寺 襖絵
満福寺 襖絵

これは衣川の戦いでしょうか

弁慶が矢を受けています

満福寺 襖絵
満福寺 襖絵

義経と静御前かなと思ったのですが、これは男性のほうが赤ちゃんを抱えているようですね

静御前が産んだ義経の子が男の子だったので、頼朝の命で安達清常が子供を取り上げて、由比ガ浜へ捨てに行くという話がありますが、そのときを表している絵でしょうか

襖絵には解説が書いてあったと思うのですが、よく見ていませんでした

満福寺 襖絵
満福寺 襖絵

こちらは天井の龍の絵です

満福寺 襖絵
満福寺 襖絵

静御前ですよね

子供を捨てられたあと、静御前は京に帰されますが消息は不明です

満福寺 襖絵
満福寺 襖絵

これは馬上で矢を受けていますが、誰かな 義経かな

満福寺 襖絵
満福寺 襖絵

満福寺 襖絵 腰越で待つ義経でしょうか

満福寺 襖絵
満福寺 襖絵

義経と静御前だろうか?

満福寺 襖絵
満福寺 襖絵

頼朝に命じられて白拍子の舞を踊る静御前でしょうか

満福寺 襖絵
満福寺 襖絵

本堂の扉が少し開いてましたので、門と鐘楼が見えます

満福寺
満福寺

満福寺 弁慶の腰掛石と手玉石

弁慶ゆかりのものもあります

こちらは弁慶の腰掛石です

満福寺 弁慶の腰掛石
満福寺 弁慶の腰掛石

そして弁慶の手玉石

弁慶に限らず力持ちであった人のゆかりの石というのは手玉石や力石として残っていますね

満福寺 弁慶の手玉石
満福寺 弁慶の手玉石

腰越 満福寺のご利益 病気平癒

満福寺のご利益 病気平癒

満福寺は病気平癒のご利益があるお寺とされています

満福寺には義経庵というシラスが食べられるお食事処もあります

奥にあるのは七里ガ浜霊園ですね

七里ガ浜霊園
七里ガ浜霊園

鎌倉・藤沢の歴史ウォーキング
頼朝・義経伝説コース

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