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横須賀ひとり旅

衣笠合戦 衣笠城 三浦一族の城 三浦大介義明が討死 衣笠城址

三浦一族の本拠地の山城 衣笠城

1180年 平安時代末期の源頼朝の挙兵

続く石橋山合戦での敗戦

三浦氏は源頼朝方につきましたが、大雨で酒匂川を渡ることができず、石橋山の合戦には間に合いませんでした

石橋山での源頼朝の敗走を知り三浦へと引き上げます

由比ヶ浜・小坪峠での畠山重忠との戦いを経て、三浦氏は本拠地の衣笠城で平家方の畠山重忠の軍勢を迎え撃つことになります

2022年2月3日訪問です

衣笠合戦 衣笠城が戦場 三浦一族の本拠地の山城

衣笠城址

衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址
衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址

衣笠駅から衣笠山公園を経由し、衣笠城址へ行きました

山桜のある公園のようになっている広場が衣笠城址です

横須賀市の市の木は山桜のオオシマザクラです

案内板、石碑、ベンチ、物見岩

静かな山の上の衣笠城址でした

周りは木々で囲まれているので見晴らしはあまりありませんでした

衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址
衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址

イラストと簡単な説明の案内図です

源頼朝が石橋山で山の中に逃走したことを知ると、三浦義澄らは三浦へと戻ります

戻る途中に畠山重忠の軍勢と鎌倉の由比ヶ浜・小坪での合戦もありましたが、ここ衣笠城で畠山重忠の平家の軍勢を迎え撃つこととなります

この三浦半島の真ん中にある丘陵一帯が衣笠城で、この場所は城の最後の拠点、詰の場だったようです

衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址
衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址

衣笠城址 物見岩と衣笠城址の碑

衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址
衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址

衣笠城址の奥のほうに少し小高くなっているところがあり、そこに物見岩と衣笠城址の石碑があります

衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址
衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址

物見岩からもまわりはよく見えませんでした

衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址
衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址

三浦一族の本拠地の衣笠城ですが、衣笠城のある丘陵のまわりも山です

本拠地の城とは言っても衣笠城の南東側に三浦氏ゆかりの寺社が並ぶ大矢部の地があり、まわりにはいくつも支城があります

衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址
衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址

衣笠城で討死 三浦大介義明

和田義盛はこの衣笠城に籠るよりも、戦いやすい入江沿いの怒城で迎え撃つことを主張したとのことですが、一族の長、三浦大介義明は本拠地で戦うことにしたとのこと

三浦大介義明の最期にはいくつか説があります

・三浦一族は怒城へ脱出させ衣笠城に残り戦い討死する説(吾妻鏡)

・三浦一族は義明も連れて逃げようとしたが足手まといになり残され捕まり処刑された説(平家物語)

・城から逃れ円通寺を望む大矢部の松の木の下で自害した説(腹切り松・腹切り松公園が残る)

三浦義明は衣笠で亡くなりますが、三浦義澄らの一族は怒城から安房へと逃れ、源頼朝の再起へと生き残り、衣笠へ戻りました

1247年に三浦泰村が北条氏との勢力争いに敗れ、源頼朝の法華堂で三浦一族が自害するまで、三浦一族の本城だったそうです

衣笠城址 御霊神社

衣笠城 衣笠城址 御霊神社
衣笠城 衣笠城址 御霊神社

衣笠城にも御霊神社がありました

衣笠城 衣笠城址 御霊神社
衣笠城 衣笠城址 御霊神社

衣笠城址 行き方

衣笠駅から衣笠山公園を通り、三浦縦貫道路へ向かうトンネルのところにある衣笠城址への階段からのぼりました

衣笠城址前交差点から追手口、大善寺からも登れます

追手口側は帰りに通りましたので、本記事の後半をご覧ください



衣笠城址 【Google Map】
【住所】 日本、〒238-0025 神奈川県横須賀市衣笠町29−1162
電話番号・URL・Plus Code・施設情報・口コミなどはMapをクリック

衣笠城址 登り口 衣笠山公園側

衣笠城址へ 衣笠山公園から

衣笠山公園から衣笠城 横須賀葉山線
衣笠山公園から衣笠城 横須賀葉山線

衣笠山公園の展望台からの急な坂道を下ってきたところです

この先に三浦縦貫道路へのトンネルがあり、衣笠城址への階段があります

衣笠山公園から衣笠城 三浦縦貫道
衣笠山公園から衣笠城 三浦縦貫道

衣笠城址へ登るハイキングコース入口

衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址登り口
衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址登り口

衣笠城址の方向を示す小さな看板がありました

まず最初は階段を登ります

衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址登り口
衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址登り口

山の中のハイキングコースを衣笠城址へと歩くのですが、かなり長く感じました

まだ先かな、このまま行って衣笠城址につくのかなと思いながら

衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址へ
衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址へ

心配しつつも衣笠城址へとたどりつけました

大きな岩の道

このあたりまでくるともう少しで城址です

衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址へ
衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址へ

衣笠城址 稲荷社

衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址 稲荷社
衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址 稲荷社

衣笠城址の少し手前です

少し高くなったところ

小山の上に稲荷社があらわれました

衣笠城址の石碑と物見岩の小山のとなりの小山です

衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址 稲荷社
衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址 稲荷社

小さい祠ととなりには詩のようなものが書いてある

こちらの稲荷社の謂れはわかりませんでした

衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址 稲荷社
衣笠山公園から衣笠城 衣笠城址 稲荷社

稲荷社によりましたが、衣笠城址は稲荷社のある小山の先にあります

あらためて元の道に戻って、衣笠城址へと入りました

衣笠城跡案内図の裏側のほうに出ます

衣笠城 大善寺

衣笠城址入口 大善寺

衣笠城 衣笠城址
衣笠城 衣笠城址

衣笠城址の広場の低くなっている側から降りると大善寺です

衣笠城址の追手口側にある大善寺

帰りは大善寺経由、追手口側へとくだり衣笠城址バス停方面へ歩いています

衣笠城 衣笠城址
衣笠城 衣笠城址

衣笠城址の説明板は大善寺側の登り口にありました

衣笠城は戦いのための城というより、シンボル的な本城で、修行・信仰の場だったようです

衣笠城 衣笠城址
衣笠城 衣笠城址

大善寺

衣笠城 大善寺
衣笠城 大善寺

天平年間に起源をもつ大善寺

行基により建てられたお寺

衣笠城 大善寺
衣笠城 大善寺

三浦一族の信仰の場

木造阿弥陀三尊像、木造伝毘沙門天立像

平安時代末期に制作されたと推定されるそうです

衣笠城 大善寺
衣笠城 大善寺

大善寺と不動井戸 滝不動

衣笠城 大善寺 滝不動
衣笠城 大善寺 滝不動

開創の行基にゆかりのある不動井戸

杖で打つと清水が湧き出したという伝承

衣笠城 大善寺 滝不動
衣笠城 大善寺 滝不動

衣笠城址 衣笠城址バス停へ

衣笠城址 衣笠城追手口遺趾の碑

衣笠城追手口遺趾の碑 衣笠城址前
衣笠城追手口遺趾の碑 衣笠城址前

衣笠城址前交差点にある衣笠城追手口遺趾の碑

小さい石碑なので見逃してしまいそうです

衣笠城追手口遺趾の碑 衣笠城址前
衣笠城追手口遺趾の碑 衣笠城址前

衣笠城追手口遺跡趾と刻まれています

衣笠城追手口遺趾の碑
衣笠城追手口遺趾の碑

衣笠城址 衣笠城堀切

衣笠城堀切 衣笠城址前
衣笠城堀切 衣笠城址前

衣笠城堀切

衣笠城追手口跡の近くです

特に何かあるわけではないです

衣笠城堀切 衣笠城址前
衣笠城堀切 衣笠城址前

衣笠城址バス停

衣笠駅方面(衣笠十字路)からバスで衣笠城址に行く際の最寄りのバス停は衣笠城址バス停ですね

バス停から衣笠城址前交差点・衣笠城追手口を経由して大善寺まで徒歩15分くらいはかかると思います

衣笠城址交差点からはけっこう急な上り坂になります



衣笠城址(バス) 【Google Map】
【住所】 日本、〒238-0025 神奈川県横須賀市衣笠町4
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平安時代末期から鎌倉時代の三浦一族

衣笠合戦で敗れ、源頼朝の鎌倉入りで三浦へ戻り、宝治合戦で三浦の嫡流は滅びることに

しかし、三浦義明の弟の蘆名の為清の孫の為久は木曾義仲討伐の功により近江国石田村を与えられ移り、その系譜は石田三成へとつながり、三浦義明の子の佐原の義連の系譜は会津の戦国大名蘆名氏と宝治合戦以降の相模三浦氏へとつながります

三浦半島の身近な秘境と歴史
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